名古屋城天守閣 忘れ去られた再建時の思いと苦心
天守閣の耐震改修、遅すぎる「15年以内に着手」

平成18年9月議会

p-hatori-manga特別史跡名古屋城跡全体整備計画について、基本的な考え方及び整備のあり方についてお尋ねをいたしますが、特に天守閣の建造物としての諸問題を中心に伺ってまいります。

初めに、その天守閣の外観についてであります。

現在の名古屋城天守閣は昭和34年に再建をされたものですが、いわば昭和の建造物であり、細部にわたって焼失天守閣とは構造上別物であるということは否定できないと思います。そうした中で、特に外観については往時をしのぶことができるものであり、多くの国内外の観光客が見て最も感動するのも、金しゃちをいただく天守閣の外観です。問題は、この外観にも、焼失前と現在とでは明らかな相違が見られることです。
 

再建天守閣 最上階の大きな窓に、消失前を知る市民から相次いだ厳しい声

名古屋城現在の天守閣は、最上階の窓が焼失前に比べて、展望面を大きくするため窓の幅が広くなっております。したがって、焼失前の天守閣と現在の天守閣の写真を比べてみますと、その外観は明らかに違います。

再建当時、焼失前の名古屋城を知る多くの市民からこのことについて厳しい声が市役所に寄せられたそうですが、そうした声を事前に予測してか、再建当初には最上階の窓には白い板戸が設置されており、この板戸を閉め、広げられた窓の一部を閉ざすと、遠方からは焼失前の白壁のように見える仕掛けになっていたそうです。

歴史的な建造物の再建に当たって、外観を忠実に再現したいという思いと、観光客がより広い窓で眺望を楽しめるようにという背反する要望を折衷的に克服した苦心の作が、白い板戸の設置であったのだろうと考えられます。

ところが、先般、名古屋城管理事務所に問い合わせをいたしましたところ、昭和60年の改修工事の際に、残念なことにこの板戸は撤去され、今では焼失前の外観を復元できないようになっていると聞きました。どういった判断でそうしたのか今となってはわかりませんが、当初の基本的な考え方や思いが、時間の経過とともに薄らぎ、さらに忘れ去られ、おろそかにされてしまう端的な例ではないかと私には思えてならないのです。

これは、時代の変化に即して柔軟に対応していくという話とは意味合いが違うと思いますが、いかがでしょうか。私は、財政難のこの時期に、即座に板戸を新たに設置し、この外観をもとに戻すことができるようにすべきだなどと申すつもりはありません。しかし、何らかの機会に検討すべき課題であると思っています。
 

本会議答弁と食い違う城跡全体整備計画の短期計画

p-0909-hatori1さて、そこで、この特別史跡名古屋城跡全体整備計画を見てみますと、天守閣について、「天守閣は再建後50年近くを経過しており、外壁、屋根、設備等の修繕・更新時期を迎えている。また、現行の耐震基準ができる以前の建築物であるため、天守閣の耐震改修整備などを行う。」云々と記されております。これは、耐震改修もあわせた修繕全般の必要性を意味していると解することができると思います。

ちなみに、天守閣の耐震診断は平成8年に行われており、構造耐震指標であるIs値で、その最小Is値は0.13でありました。評価はいわゆるⅡ-2であり、優先的な耐震対策の検討が必要とされております。

それでは、いつ着手するのかということについて、全体整備計画では、天守閣の耐震改修も含めた整備は短期計画に位置づけられており、おおむね15年以内をめどに事業着手するとされています。今年から15年後といえば平成33年度でありますが、それ以内に着手と言われても、なかなか得心のいく話ではないように思います。

このほか、短期計画では本丸御殿の復元整備なども連ねられておりますが、開府400年である2010年までに一部を完成させるとの本会議答弁と、余りにも食い違い過ぎているように思われます。一体どう理解したらよいのか。本丸御殿の議論は別としても、天守閣の耐震改修は悠長な話ではないというふうに思います。

昨年は、名古屋城博の開催もあり、約200万人の方々が訪れました。また、例年でも名古屋城は年間100万人前後の観光客が訪れる名古屋の主要観光施設であり、より安全な建造物を目指すべきです。あわせて、名古屋城の歴史的景観の復元という意味で、その機会に先ほどの板戸の設置等も考えられるなら、全体として名古屋城のさらなる魅力アップにつながるのではないかと思いますが、いかがでしょうか。市長の御見解を伺いたいと思います。
 

市長「白い板戸は優先的に整備。15年間猶予があるのではなく順次整備を進める」

【市の答弁】
名古屋城は、史跡の中でも特に重要なものといたしまして、愛知県内で唯一特別史跡に指定をされております。名古屋城の歴史的遺産としての価値は、天守閣や本丸御殿などの建造物のほか、石垣や庭園、地下に埋蔵されている遺構など、名古屋城の歴史をあらわすすべての文化財によって構成されております。こうした歴史的遺産としての価値を保存、継承し、より一層高め、内外に発信していくため、特別史跡名古屋城跡全体整備計画を策定いたしました。

私は、この整備計画の短期計画に位置づけた事項につきましては、15年間猶予があるとの趣旨ではなく、名古屋城の来場者の便宜や財政状況等も勘案しながら、順次整備を進めてまいりたいと考えております。

また、天守閣の外観については議員御指摘のとおり、天守閣再建に当たりまして、史実に忠実な復元と展望階としての役割をともに満足させようとした苦心の作であったと思っております。白い板戸については、耐震改修等の機会に、市民が天守閣の再建にかけた熱い気持ちを思い起こし、有識者や市民の意見も伺いながら考慮してまいりたいと考えております。天守閣は名古屋城のシンボルでございまして、可能な限り優先的に整備を進めてまいりたいと考えております。
 

本丸御殿復元スケジュールは公式見解があるが、天守閣耐震化は示されず

短期計画に位置づけられた事項について、15年の猶予があるわけではない、順次進めるというお答えがあり、また、天守閣については優先的に進めるということですので、この件につきましては私は了といたします。

しかし、それでは、この全体整備計画というのは一体何かという話になるわけです。記述として15年以内に着手をすると書いてあるわけです。あすから始めても、10年後に始めても、これは15年以内であることに変わりはないわけです。ただ、そのスケジュール、特に本丸御殿については、もっと詳しい進んだ情報が既に公式な見解として議会答弁も含めて表に出ている。逆に、天守閣の耐震化については、これまでほとんど見解が示されておりません。

そういった意味で、15年以内などというような記述がありますと、やはりこれは心配、誤解を招く表現ではないかなと思います。文書ですから作成をされた次の瞬間から、さまざまな人が目を通すということですので、ぜひ誤解を招くことのないものを今後つくっていただきたい、そのことを私は指摘をしておきたいと思っております。

それから、天守閣の耐震化の問題ですけれども、新世紀計画2010第2次実施計画との兼ね合いも恐らくあろうと思いますが、そういったことを十分検討していただいて、早期に進めていただきたいということを要望しておきます。

あわせて、板戸の復元につきましては、大変前向きなお答えをいただいたと思っております。名古屋城は観光施設であり閑散期がございます。そういった時に、例えば期間を区切って焼失前の姿をもう一度復元をするといったことは、天守閣の別の表情を見せるという意味で、魅力アップにつながっていくと思いますので、ぜひこれも進めていただきたいと要望いたします。